最初にできた建築における決まり事って知ってますか?
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昔ながらの伝統、技術、きれいな形は文化遺産として今でも大切にされていますが、昔は家の形は社会での在り方そのものを象徴するものでもありました。
(今回は江戸時代あたりの家のことについて書いております。)
戦の時代が終わってからは、立場が上の君主が、百姓などに領地を分け与えて、その支払いとして年貢を納めさせて、それぞれの身分をしっかり自覚して、身分に合った生活をすることが暗黙の了解のようになっていたそうです。
ガッチリ縦社会って感じだったんですね。
その中で、家というものは材料の調達を含めたら、22年もかかるようなとても贅沢なもの。(当時の工期)
特に百姓に対しては、しっかりと管理すべき対象という認識が強かったようで、畳敷や天井の仕上げ方、開口部の大きさまで細かく規制されていたのだとか。
奥ゆかしさ
秩序を守る
たたずまい
などの日本人特有の性格はこの頃から出来上がっていたのだなと改めて思いました。
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当時の家によっては、引き戸にすると戸袋の分まで広くつくらなければいけなくなるので、コンパクトにおさめるために上下に開け閉めする扉にしてある家もあったそう。
当時からそんな扉の工夫がなされていたことにもびっくりしましたが、そこまで敷地を最小限に抑えようとしていたことにも驚きました。
最初から与えられた領地の広さが決まっていたのなら、そうせざるを得なかったのかもしれないし、『身分相応』という己の立場を、外部からの圧力だけではなく自分自身でも『どうあるべきか』を考えていたんだろうなと感じます。
こんな感じで細かく決められていたようですが、土間として使われている敷地分は年貢を納めるための大切な場所だからと規制からは外されていたそうです。
それを上手く利用して、ほぼ土間のつくりにして建てられた釜屋建てなんかも出てくるようですが、長くなるので割愛します。
そんな感じで決まり事を逆手にとって、うまく規模を拡大していった人たちもいたんですね。
現代も決まりごとが多く複雑だと思うことも多いですが、当時の人々もまた、同じように試行錯誤しながら、決まりごとを守りながら住みやすさや居心地の良さを見出してやりくりしていたんだろうなと感じます。
因みに、人々に対して初めて決められた建築での法律(御法度)は、
『他の家を覗かないように』
だったそうです。(まるふ調べ。)
初めて立てられた決まりごとがプライバシーの保護というのはなんだか意外な気もするけれど、なんとなく理解できるような気もしますw